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弁護士に聞く、ドイツで働く人が知っておくべき法律知識

【対談:ドイツで働く 第4回】 弁護士に聞く、ドイツで働く人が知っておくべき法律知識

ペータース法律事務所 X JAC Recruitment


「ドイツで働く」をテーマに、ジェイエイシー リクルートメント ドイツのシニアコンサルタント鈴木が、ゲストと対談いたします。

第4回は、ペータース法律事務所のリヒャルト・正光・シャイフェレさんにご参加いただきました。ドイツをはじめとする欧州を拠点にしている日系企業や当地で働く日本人の強い味方として、活躍していらっしゃいます。

突然、世界を巻き込んだ新型コロナウイルスのパンデミックの影響を受け、企業も、そして働く人も前例のない、急速な変動に見舞われました。

ドイツでも刻一刻と法律や規制が変わるなか、ペータース法律事務所は、日系企業の戸惑いと不安に寄り添い、シャイフェレさん率いるジャパン・アジアデスクが中心となって、積極的に日本語での情報発信を続けています。

言葉も文化も習慣も異なるドイツで働く際、日本の当たり前が通用しない場面も多くあります。知らずにトラブルに巻き込まれたり、法律に違反したりするリスクを避けるためには、どのような知識が必要なのでしょうか。

今回の対談では、ドイツで働く日本人が知っておくべきドイツの基本的な法律知識や、日独の問題解決に対する考え方の違いについてお話を伺いました。​

鈴木:「ドイツで働く」をテーマにした対談企画の第4回目のゲストは、弁護士のシャイフェレさんです。よろしくお願いします。

ドイツや欧州に進出している日系企業を法的にサポートすることが、シャイフェレさんのメインのお仕事かと思います。その中で、どんな時に日本とドイツの違いを感じますか?

 

― トラブルが起きたら「穏便に」解決したい日本、それが通用しないドイツ

 

シャイフェレさん: 独日法務に携わる中でほぼ日常的に感じるのは、日本人は「できる限り争いは避けたい」という意識が強いということです。特に「穏便に」というのは実に日本的で、ドイツ語に訳すのが難しい言葉です。

「話せばわかる」と感情に訴え、法廷で争わずに何とかお互いの立場を理解、少なくとも尊重しあい、折り合いたいという姿勢ですが、ドイツ人からすると「法的に争うかどうかというシビアな局面において、感情という不安定要素が入る隙がどこにあるんだ?」ということになりがちです。

日本の皆様の気持ちはもちろん良く分かります。私の母は日本人ですし、日本育ちでもあります。しかし、実際に法的な争いがあるところで、ドイツではどれだけ「どうかよろしくお願いします」と相手に歩み寄ったとしても、それがそのまま通用することは基本ありません。

問題の解決に向けて、ドイツ人にとっては理論を「数学的」に組み立てることが最も重要で、相手が理性や法のロジックを排除または過小評価の上、感情に訴えるとなかなか相手にしません。

それでは、日本の皆様がこのドイツという地で、ドイツ人と同じパワーをもって理論武装して正面から衝突すればそれで良いのかというと、個人的には必ずしもそういうわけでもないと思います。

鈴木:なるほど、 そうなのですね



シャイフェレさん:特に弊ジャパン・アジアデスクでは依頼人の文化的背景なども考慮した上で先ずは、場合によっては相手の主張をうまくかわし、証拠や法的な議論をきっちりと捉えて示しながらも、お互いの利害や正当性を比較考慮した上で、可能なら「穏便な」解決策を探ります。ただし、相手にその気が明らかにない、または双方合意には状況からしてどう考えても程遠いという判断となれば、法廷で争うことになります。

なお、前述と関連して、日系企業の場合、法廷で争うという決断に至るまでは多くの場合、相当時間が掛かります。話し合いの余地がないなら、それ以上、相手に何度お願いしても解決につながらないため、通常はより早い段階で思い切って法廷で争った方が効率良く争いを終了できると確信しています。それまで法廷外でながながとやりあっていた当事者同士が、法廷では意外にあっさりと合意、というケースは珍しくありません。

裁判になったら時間もお金もかかるし、得するのは弁護士だけじゃない?という固定観念も依然としてあるようですが、しかし決断を先延ばしにしているうちに、結局は最後は裁判へと発展してしまうことがあります。

問題が起きたら、その解決策や予防策を積極的に議論する以前に多くの日系企業では会社での争い事は「恥」、「不祥事」或いは「誰かの責任問題」と理解されがちに思えるのですが、ドイツでは逆に、問題があればそれ自体が「恥」や「責任問題」ではなく、問題自体に積極的に取り組み、解決しないことが問題と理解されると思います。

 

― 全世帯の約半数が弁護士保険に加入するドイツ!弁護士にどんどん相談する

全世帯の約半数が弁護士保険に加入するドイツ

鈴木:日本人にとっては、弁護士さんに相談すること自体が、余程のことというイメージです。

シャイフェレさん:ハードルは高いですよね。

鈴木:はい。でも、ドイツに来てみたら弁護士さんがもっと身近な存在だと感じます。この前、Allianzの上田さん(※1)とお話しした時に弁護士保険をお勧めされ、ドイツでは加入している方がとても多いと聞きました。

※1 【対談:ドイツで働く第2回】保険の専門家に聞く、ドイツ企業に就職するために必要なこと

シャイフェレさん:はい。実は数字も調べてみました。ドイツで弁護士保険(Rechtsschutzversicherung)に加入しているのは約2000万世帯、ドイツでは約半数の世帯が弁護士保険に入っていることになり、非常に普及しています(※2)。

※2 弁護士保険に加入している世帯は1879万世帯、ドイツの全世帯数の46.3%

価格も年間150〜300ユーロ(約2万〜4万円)前後です。せっかくお金を払って保険に入っているんだから機会があったら使おう!という心理も働きます。保険があることによって、需要が増している側面ももちろんあります。

また法的インフラ、つまりハードの部分での違いもあります。ドイツと比べると日本には裁判所自体が少なく、裁判官の人数も少ない、自ずと弁護士の人数も少なくなる。仮に日本で訴訟を起こすとなったら、なかなか時間がかかりますし、弁護士費用も比較的高額と感じます。

個人的にはドイツは世界的に見ても法制度がかなり使いやすい国だと思います。本当に困った法的状況に置かれたら、たとえどんなに貧しくても、もちろん少なくともある程度の勝訴の見込みがあればですが、法的サポートを受けられるよう国が補助してくれます。ぜひ、そのような状況にあれば、泣き寝入りはせず、勇気をもって積極的に救済を求めていただきたいと思います。

 

― 雇用契約書はよく読みましょう。チェックすべきポイントは?

 

鈴木:「雇用契約書」も、私が仕事をする中で感じる日本とドイツの違いの一つです。日系企業が現地でスタッフを採用する際に、「この雇用契約書は、いつも自分がお世話になっている弁護士さんに見てもらってからサインします」っておっしゃるドイツ人の方がいらっしゃいます。

ドイツでは普通のことかもしれませんが、日本ではそもそも雇用契約書が整備されていないという現状もありますし、転職が決まりそうなタイミングで弁護士さんを通すという話を最初に聞いた時は、ずいぶん違うなと驚きました。

 

シャイフェレさん:現地採用の日本の方は従業員という立場で「対等」な交渉はあまりできていないように思えます。特に海外に来て日が浅い方は「雇ってくれてありがとうございます!なんでもやります!」という姿勢の人が多いと思います。でも、個人差はあるとは言え、ドイツでは従業員の立場であっても、この条件では気に入らない、どうにかならないかとかけ引きをすることはそう不思議なことではありません。

 

鈴木:初めてドイツで働く日本人にとって、雇用契約書は長くて分かりにくい書類だと感じると思います。

 

シャイフェレさん:ドイツの雇用契約書はアメリカなどと比較したらずいぶん短い方だと思います。労働法自体法律や判例で決まっている項目が非常に多く、実際に交渉できることは限定されています。基本、フェアな契約が比較的多いと思いますよ。

弁護士に確認するのは特に雇用主が変則的なボーナススキーム等、特殊な取り決めの作成を希望しない限り、主に契約書の規定内容が古くないか、判例ですでに無効と判断されている項目が入っていないかどうかですね。

 

鈴木:ドイツで初めて雇用契約書を見る人が、サインする前に気をつけるべきポイントは何ですか?

 

シャイフェレさん:従業員として気をつけるべき点は、まず「ポジション」が定められているかどうか。特に特定なポジションが記載されていない場合、後に経理から営業へポジション変更を言い渡されても受け入れなければいけません。しかし、ポジションが契約書に明記され、また有効な「人事異動保留規定」(Versetzungsklausel)がない限り、基本的には雇用主の指揮命令でポジション変更はできません。また、一方的な雇用条件のダウングレードはできないことになっています。

 

残業規定についても、注意しましょう。以下のように、給与の高さにもよりますが、残業代支払いを限定する規定が判例を十分に考慮していない場合は、規定自体が無効と認められ、追加で残業代が請求できるかも知れません。

管理職などの重要ポジションで、2021年現在グロス年収が8万5200ユーロ(西ドイツ地域、東ドイツ地域8万400ユーロ)を越える場合は、民法規定により残業代支払い請求権はないものと認められることが多いです。

 

鈴木:解約期間の項目も、難しいです。契約書によっては明確に4週間とか明記されていますが、そうじゃなく、「ドイツの法律に準じる」という書き方もありますよね。

 

シャイフェレさん:はい。民法第622条2項による自動延長についてですね。

 

鈴木:入社当初は解約期間が4週間だけど、雇用満2年で月末に1カ月、満5年なら2カ月、満8年なら3ヶ月と段々延びていく。これはドイツの労働法の知識がないと、どういうことか理解できないです。

 

シャイフェレさん:そうですね。よく誤解が生じる場面です。

 

鈴木:そうですね、解約期間は4週間と思って選考を進めていただいていた方で、後から解約期間が延長されていたことが発覚して、入社日の調整が必要になってしまったケースがあり反省しました。それ以来、気をつけるようにしています。

 

シャイフェレさん:法律上は雇用主が解約する場合の規定しかないので、通常は雇用契約書の中で労使ともに自動延長にしていることが殆どですが、たまに抜けている契約もしばしば目にします。雇用契約書はちゃんと読まないといけませんね。

 

― ドイツでの採用面接、プライバシーに触れるのは厳禁!

 

鈴木:また、日本から駐在員として初めてドイツに来て、現地でスタッフを採用する場合に、面接でどんなことを気をつけたらいいですか?という採用する側のお悩みもよく聞きます。

 

シャイフェレさん:まず、プライバシーの根幹に関わることは、業種にもよりますが、採用にあたって明らかに必要不可欠と認められない限り、質問してはなりません。例えば人種や出身地、結婚や妊娠をしているかどうかや性的指向や健康に関わる事柄です。候補者はプライバシーの侵害にあたる質問に対しては答えを拒否するか、嘘をつく権利があります。採用後に「嘘をつかれていたんです。解雇できますか?」と聞かれても、基本「それは、できません」ということになります。

 

鈴木:日本だと会社で健康診断をする企業文化があって、その結果を会社が管理していたりもしますよね。転職の際に健康診断の結果を求めることも、私が日本にいた頃はまだ珍しいことではありませんでした。日本とドイツで大きく違うことの一つですね。

 

シャイフェレさん:日本の企業からすると従業員の健康のためを思ってのことかもしれません。でも、ドイツのように個人データの扱いに厳しい国では、人事管理の面で制限を受けます。

 

― コロナ禍で広がった働き方改革。ホームオフィス契約はこれからどうなる?

 

鈴木:コロナ禍では、ホームオフィスでリモートワークする方が増えました。これまでは国や州が定めたルールに従って企業も対応を迫られたと思うのですが、これから感染状況が改善したらどうなるでしょう?

 

シャイフェレさん:そうでしょうね。まず、次の政権をどの政党が担うかにもかかっていると思います。しかし、労働者寄りと言われる社民党(SPD)主導、選挙前に最終的に不採用になった法案でも、ホームオフィスが認められるのは年間で24日だけでした。

※同対談は2021年9月26日に投開票されたドイツ連邦議会選挙の前に実施。社民党(SPD)が第1党を勝ち取り、現在は緑の党、自由民主党(FDP)との連立交渉中。

 

鈴木今、多くの従業員がリモートワークを経験して、その良さを知り、これからもそういう働き方を継続したいというリクエストは続くと思います

実際、私たちの仕事の中でも、転職を考えている皆さんからのリクエストがコロナ前と比べてその点で変わってきているとを感じます。ホームオフィスや勤務時間のフレキシブルさがどれくらいあるか、ホームオフィスが認められていない会社には転職したくない、とか、会社選びの重要なポイントになってきています。そのため、各企業も対応に苦慮しています。

 

シャイフェレさん:そうですね。今はまだホームオフィスについての法制化はされていないものの、2〜3年したら「ホームオフィス」に関するスタンダード契約内容もある程度確立されて、かなり一般化しているものと思います。

 

鈴木:法律にかかわることは難しいことが多く、やはり日本語で説明していただけるのはすごく助かります。

 

シャイフェレさん:ありがとうございます。分からないままだと不安になってしまうと思いますし、納得もできないと思います。ご相談あった場合、皆様にはできるだけわかりやすい言葉で伝えることを常に心がけています。

 

鈴木:本日はとても勉強になりました。ありがとうございました。

 

構成・文:高橋萌

ドイツを拠点にフリーランスのメディア編集者/ライターとして活動しています。「移住者たちのリアルな声でつくった海外暮らし最強ナビ【ヨーロッパ編】(辰巳出版)」ではドイツの章を執筆。ドイツ大使館ブログYOUNG GERMANYで「ワークスタイル研究室」を連載。日本とドイツで活躍する皆さんを鋭意取材中です。

リヒャルト・正光・シャイフェレ

ゲスト:
ペータース法律事務所 ジャパン・アジアデスク部長 リヒャルト・正光・シャイフェレ さん

日本で育ち、ドイツで弁護士資格を取得。2015年にペータース法律事務所ジャパン・アジアデスクの部長に就任。デュッセルドルフ、フランクフルト、シュトゥットガルト、ミュンヘン地域を中心に、現在3名のアシスタントとともに日本語で日系企業の法務コンサルティングを行なっている。

 

ホスト:JAC Recruitment Germany シニアコンサルタント 鈴木彩子

JAC Recruitment Japanで約4年間の経験を積み、マルタ共和国へ英語留学。当地で現地採用され、2011年からヨーロッパでのキャリアをスタート。ドイツへは2017年に渡り、現在、JAC Recruitment Germanyに所属しています。